
たくさんの観光客で賑わう首里城公園とは対照的にひっそりと佇む玉稜。一歩中に入ると、緑に囲まれた陵内には静かな時間の流れと独特の威圧感を感じます。
玉陵は、1501年(尚真25年)、尚真王が父尚円王の遺骨を改葬するために築いたもので、第二尚氏王統の陵墓となりました。
墓室は中室、東室、西室の3つの建築物に分かれ、中室は洗骨前の遺骸を安置する部屋、創建当初の東室は洗骨後の王と王妃、西室には墓前の庭に記されている限られた家族が葬られました。全体のつくりは、当時の板葺き屋根の宮殿を表した石造建造物になっています。
沖縄戦では、東室、西室が破壊されるなど大きな被害を受けましたが、3年余りの歳月をかけ、修復工事が行われ、往時の姿を取り戻して今日に至っています。
2000年に「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として世界遺産に登録された他、全体が国の史跡、玉陵墓室石牆が国の重要文化財(建造物)、石彫獅子と玉陵碑が県の有形文化財(彫刻)に指定されています。

園比屋武御嶽は、守礼門の後方左側の道端にある石門とハンタン山一帯の森のことを言いました。この御嶽は、王府の行事で東方の拝所を巡礼する「東御廻り」をはじめ、各地を巡航する旅に出る際に国王が必ず拝礼した場所でした。また、聞得大君の就任の儀礼である「お新下り」の際、最初に拝礼した国家の聖地としても知られています。

創建は1519年頃と言われますが、現在のものは沖縄戦で一部破壊され、1957年に復元されたものです。
現在、国指定重要文化財となっており、2000年には世界遺産に登録されました。
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